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2018-10-05

着物との出会い

祖母が着物のはぎれを使ってパッチワークをしていました。

亀甲型に切りそろえた生地を手縫いで縫い合わせて、その生地の中には少しずつ色々が組み合わせられている独自なものでした。

色使いや細やかな生地合わせが見事で、祖母が亡くなってから数十年経った今もベッドカバーやカーテンなどにリメイクしてもらって楽しんでいます。

身近に和の小物があったせいか、7、8年ほど前に突然着物を着たくなり、人形町の呉服屋さんで右も左もわからずにポリエステルの洗える着物を買いました。

それから着付け教室を探して、都内の教室、バスで通えるところ、地元のサークルを経て、サークルにお手伝いで来ていた先生のところに通いはじめました。

着物が大好きな先生で、若いころは毎日着物で過ごして、日中の家事も着物でこなしていたそうです。帯結びの種類もたくさん知っていて、いつでも頭の中の引き出しからそれらが出てきて、すごいなぁと感心します。

そんな着物愛に溢れた先生なので、着物を着てみたいという人はいつでも大歓迎され、私も今まで四人のお友達を紹介して一緒に通ってきました。

続けられる秘訣

着物というのは不思議なもので、心に余裕がないと着付けに向かえないのです。

季節に応じた着物を選び、着物に合った帯、全体をバランス良く仕上げる帯揚げと帯締めによって完成されます。

ですから着付けに毎週通えているというときは、心身ともに穏やかな状態であるということなのです。

そんな生徒の状況をよくわかっておられて、お月謝は通った分だけという他では考えられないご奉仕のような形でお教室を運営されています。

四回分を事前に納めて、月をまたいでもそのお月謝で教えてもらっています。

おかげで今でも細く長く続けられています。

着物が増える

着付けをはじめてしばらくしたら、父が大学のゼミで一緒だった同級生のお母さまがお茶の先生をしていて、形見分けの着物を頂きてきました。

「お父さんは着物を買ってあげることはできないが、着物をもらってくることはできるぞ」と車からどっさり着物を降ろしたあと得意げに言っていました。

着物が増えたことがきっかけとなり、母も地元で着付け教室に通っていたようですが、ほどなくして病気を発症し、着付けで締めるのが苦しいからもう止めると言って、母のところにあったものも譲り受けました。

背が高い方なので、いただいた着物では袖の長さが足りずに裄が短くなり、おはしょりも出なくて短いと、以前の教室では頻繁に自分に合った着物を仕立てるようにと言われてきました。

そこを何とかあるもので着たいのですと懇願し、受け入れてくださったのが現在の先生です。

着物の合わせ方

成人式の時にも振袖ではなく、留袖を買ってもらったという不思議な状況にも順応して、自分の意思を通すことなく育ってきました。

本来であれば着物1枚に帯三本と言われるように、着物を中心に三本の帯で印象を変えて楽しむのだそうです。

頂いた着物と帯がお揃いだったかどうかを確かめるすべがなく、あるものを合わせて楽しむということが続いています。

その感覚はリサイクルの着物を買うときにとても役に立っています。

福岡に住んでいた頃に、博多でリサイクル着物店を営んでいる店主とお友達になり、リサイクルの着物をセンス良く組み合わせて、コーディネートをしておられて世界が広がりました。

一緒に着物を着て、小倉に出かけたときのことでした。

質屋さんで格安で品物の良い着物や帯などを見つけ、店主魂がむくむくわいてきて、持ち合わせが足りなかったのでお金を貸してもらい仕入れをしていました。

春になると、私もその時に買った帯が大活躍しています。

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